被災者支援と学童保育の活動からつながった市議会議員の道
今回お話を伺ったのは、大船渡市議会議員であり、現在は副議長も務める今野さんです。もともとは地元企業で長年勤め、定年を間近に控えていた一人の会社員でした。そんな彼がなぜ、政治の世界へと足を踏み入れることになったのか。
東日本大震災という未曾有の経験、PTA活動から始まった地域課題への挑戦、そして議員としての役割――。基礎的な「市議会議員の仕事」から、大船渡市の未来に向けたビジョンまで、じっくりと語っていただきました。

今野善信(こんの・よしのぶ)
大船渡市議会議員・副議長。地元企業勤務を経て、震災を機に退職する。PTA会長時代の学童保育立ち上げを契機に地域からの支援もあって政界へ。予算決算審査や再生エネ推進、国際交流に注力する傍ら、毎朝の通学見守り活動も10年以上続けている。
市議会議員への経緯と担った役割とは

大船渡市の「市の鳥」ウミネコ
ーー会社員から市議会議員へと転身された経緯を教えてください。
元々地元の鶏肉の総合メーカーに勤めていました。私が59歳の時、2011年に東日本大震災があって会社が被災し、仕事ができなくなりました。工場が被災して機械が動かなくなったり、鶏の餌が入ってこなかったりでとても困った状態になりました。
会社としては当面仕事ができないことになったので、我々定年間際の人や、定年後延長して働いている人たちの多くは辞める話になり、辞めました。
その後、震災の被災者支援をやっていたんです。国連の理念や活動(SDGsなど)を民間に広める『国連の友Asia-Pacific』の支援員になったのがきっかけでした。そういった活動をしていたら、地元の人から「市議会議員になったら」というお声もいただきました。
ーー地元の人からのお誘いもあるのですね!
はい。市議会議員になった一番のきっかけになったのは、私が小学校のPTAをやっていた時に学童保育を立ち上げたことです。当時、県下の市が各自で学童保育をやっていた中、大船渡だけが学童保育をやっていなかったんです。そこで、保護者の方から「やっぱり必要だね」と言われて、保護者と一緒に学童保育を始めることになりました。
その時はまだ市がやる方向ではなかったので、とりあえずPTAだけで運営してやろうということで、猪川地区公民館でやったものです。
そうして大船渡市にいろいろ要望して、なんとかほかの地区でも学童保育をやってほしいと。それから補助金などを出してもらって、大船渡でもやることになったんですが、そのきっかけを作ったのが猪川のPTAだったんですよ。
その時に会長だったので、「あんた学童保育やったんだから、そういうことも一つのきっかけにして市議会議員やらないか?」という話をもらったんです。
ーーそもそも市議会議員はどのようなお仕事、役割なのですか?
まず大事なのは、「市の予算・決算」です。どういう事業を行って、それに対する経費がどれくらいかかって、どんな効果があるのか。それを審査していくのが市議会議員の大きな役割です。
不要な事業であれば取りやめて、この財源を別のことに振り向けたほうがいいんじゃないかとか。決算審査をするのがすごく大事で、そのことが次の予算に反映されてくる。そういうサイクルを作っていかなきゃいけないと考えています。
ーー市議会議員には、行政のあり方を問う「一般質問」をする役割があると伺いました。今まで今野さんはどんなテーマで質問をされてきましたか?
多岐にわたりますが、例えば港湾の利活用や企業誘致といった産業経済の問題、不登校や子育て支援などの教育・福祉の問題、さらには太陽光発電などの再生可能エネルギーの推進も取り上げました。
また、山林の問題も深刻です。地域で山を所有していても、手入れができずに「負の財産」になってしまっている。木を切って売ろうとしてもコストがかさんで赤字になる。そうした中山間地域の課題についても質問を重ねてきました。
私はこの一般質問を重視していて、ほぼ毎回登壇してきました。議員というのは、常に社会に対して問題意識を持つことが大切です。「ここに課題があるのではないか」「もっとこうすれば良くなるのではないか」という点を見つけ出し、当局にぶつけていく。それが議員の責務だと思っています。
今野さんから見える大船渡市と地域の活動

ーー 昔と今の地域の一番の変化は何ですか?
子どもの数が減ってきたことが一番の違いだと思います。私は「登校の見守り」に10年以上取り組んでいます。80歳までは続けようと決めて、学校がある日は毎朝交差点に立っています。昔は近所に子どもがあふれていましたが、今は本当に少ないですね。
ーー子どもたちの減少を肌で感じられているのですね。そこから見えてくる課題はありますか。
少子化対策や子育て支援は議会でも何度も取り上げていますが、単にお金を配れば解決するという問題ではありません。背景には、若い世代の経済的な不安があり、将来の生活設計が立てられない。
また、共働きでも安心して子どもを預けられる環境や、男性も育児休暇を取りやすい職場の雰囲気など、社会全体が変わらなければ子どもは増えないと思います。企業も、能力給にかたよらない社員が安心して生活できるような賃金体系を考える必要があると感じています。
ーー生活の基盤があってこそ、ということですね。また、今野さんは「にほんご交流カフェ」の活動にも尽力されているそうですね。
大船渡市国際交流協会を仲間と共に再建して、(認定)NPOおはなしころりんと共催で始めた取り組みです。大船渡には多くの外国人の方が住んでいますが、国籍は様々です。
英語だけでなく、中国語、ベトナム語、インドネシア語などがある中で、日本で暮らすにはやっぱり日本語の習得が必要。そこで、やさしい日本語を使って、日本語を習得しながら、外国人の方と地域住民が交流できるカフェを作りました。
ーーそれは、技能実習生などを受け入れる企業の支援にもつながりそうですね。
おっしゃる通りです。これからの地域経済、特に製造業や介護の現場は、外国人の力なしには成り立ちません。彼らが地域で孤立せず、安心して暮らせる環境を整えることは、結果として大船渡の産業を守ることになります。
本来は民間ボランティアだけでなく、市が主体となって支援体制を作った方が影響力や信頼性があり、より機能していくと考えています。
ーーそれでは最後に、今野さんがこれから目指す「大船渡市の未来」について教えてください。
大きく三つの柱があります。一つ目は「再生可能エネルギーの推進」です。太陽光や風力、海上風力など、地域でエネルギーを作り出し、地域で消費する。それによってお金が地域内で回る経済循環を作りたいと考えています。地球温暖化防止にも貢献できます。
二つ目は「水産業の新たな展開」です。魚が獲れない時代になっていますから、「育てる漁業」を拡大する必要があります。地元の資本だけでなく、外部の知見や資本も活用しながら、海面養殖や陸上養殖を検討する必要を感じます。
そして三つ目は「交流の拡大」です。大船渡には北里大学の三陸臨海教育研究センターがあります。こうした施設を活用しながら、大学生や外国人と地元の子どもたちが触れ合う機会を増やしたい。
若い人たちが広い世界を知り刺激を受けることで、このまちにますます希望を持てるような、そんな明るい未来を作っていきたいですね。
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今回のインタビューでは市議会議員の役割から、地域での活動までお話を伺いました。私はにほんご交流カフェで今野さんとご一緒しているのですが、今回お話を聞いて、これまで話してこなかった内容が多い印象を持ちました。
そこには成長や進歩的な考えを持って、大船渡をより良くしようとしている姿勢が感じられ、市議会議員として必要な考え方だと思います。
一方で、成長的な考え方をしなくても、今の暮らしを捉えなおす「ウェルビーイング」という考え方もあります。私は進歩的な考え方だけでなく、誰もが現状で今の暮らしをより良くできるような取り組みを考えていきたいです。
〈取材・文=ひろゆき(@himon_da)/編集=うぉーかー(@kiima_0617)〉