プロの漫画家を諦めたゆる漫画家×地域おこし協力隊が、大船渡で広げるデジタル活用
岩手県大船渡市で地域おこし協力隊として活動する檜山さん。 ITの利活用のミッションを掲げ、「ゆる漫画家」と名乗り、大船渡市での日常をSNSに投稿しています。
かつてプロ漫画家への夢に破れた過去を持つ檜山さんが、なぜ今、大船渡の地で再びペンを取り、ITと向き合っているのか。地域おこし協力隊の最初の年度を終えて見えてきた、新しい「地域とのつながり方」について、お話を伺いました。

檜山雄介(ひやま・ゆうすけ)
ゆる漫画家/大船渡市地域おこし協力隊
挫折を経験し、プロではなくゆる漫画家として独自の道を切り拓くクリエイター。2025年から大船渡市に移住し、IT活用支援と並行して、地域の文化や暮らしを漫画で発信。ITを手段に、交流を目的にした等身大の活動が、世代を超えて支持されている。
手探りの1年目で見つけた、ITよりも大切な交流の場

わくわくやまこぎフェス! の様子
――地域おこし協力隊として活動を始めて半年が経ちましたね。現在の率直な手応えはいかがでしょうか?
振り返ってみると、あっという間でした。
私は個人事業主型で、比較的自由度の高い枠組みで採用されたのですが、自由さが逆に何をすべきかと悩んでいた時期もありました。大船渡市から課せられたITの普及のミッションを前に、最初の数ヶ月はまずは自分が理解していなければと、テレワークセンターに籠もって勉強ばかりしていたのです。
でも、パソコンの画面と向き合えば向き合うほど、「本当に大船渡のためになっているのかな」と焦りも募っていきました。焦りがなくなったのが、3月に開催した「Instagram講座」と「交流会」でした。予想以上に多くの市民の方が集まってくださり、市民の方が生き生きと楽しんでいる姿を目の当たりにして、やっと自分の中で何かがカチッとはまる感覚があり、ようやく1年目の手応えを掴むことができました。
――イベントを通じて、地域の方々が求めているものは何だと気づきましたか?
ITスキルを習得したいニーズは確かにあるのですが、それ以上に誰かと集まり、話をする場、そのものが求められていることに気づかされました。ITはあくまで会話のきっかけや、新しいことを始めるための入り口に過ぎません。
大切なのは、デジタルを学んだその先にある人との繋がりなんです。皆さんが求めているのは、ITの共通言語を通じたワクワクするような交流体験であると感じました。
――今後は交流会を「月1回ペース」で継続したいとのことですが、その狙いを教えてください。
単発のイベントですと、その場は盛り上がっても、終わった瞬間に「あぁ、楽しかったね」で途切れてしまうことがもったいないなと思いました。参加者の方からも「また集まりたい」と声をいただきました。
だからこそ、あえてハードルを下げて、月1回くらいのペースで行けば誰かに会える場を継続して作りたい。小さくても続けていくことで、ITツールが日常生活の中に、そして地域のコミュニティの中に、自然な形で溶け込んでいく。そんな習慣を大船渡に根付かせていきたいと考えています。
挫折からゆる漫画家へ。大船渡で見つけた自分の居場所

檜山さんが描いた漫画
――プロの漫画家を目指した過去があるとお聞きしました。一度筆を置き、再び描き始めるまでにはどのような心の変化があったのでしょうか?
小学生の頃、クラスの流行に乗って描き始めたのが最初でした。結局、卒業まで描き続けたのは私ともう一人だけだった。続けられたので漫画家になりたいと思うようになり、仙台で大学に通ったあとは東京へ出ました。でも、3年間挑戦しても結果は出ませんでした。岩手に帰ってきてからは「もう絵は描かない」と決めて、全く別の仕事に就きました。
転機は、地域活動で誘われたZINE(自費出版の本)作りのワークショップでした。久々に15ページほどの短い漫画を描き、一冊の本の形になった時、感動しました。プロの漫画家にはなれなかったけど、自分の描きたいものを本にすることはできるんだと。
そこから少しずつ趣味として描き始め、推し活でのファンアートなどを通じて、誰かに喜んでもらえる喜びを思い出していきました。ゆる漫画家の肩書きは、今の等身大の自分を肯定するための大切なアイデンティティになっています。
――移住先として、なぜ大船渡を選んだのですか?
以前活動していた紫波町での経験を活かせるITの利活用のミッションに惹かれたのも理由の一つですが、最後は人でした。面接で正直に漫画を描くことが好きで、何らかの形で仕事につなげたい想いを伝えたのです。
行政の面接なので断られるかなとも思ったのですが、市の担当者の方が「素晴らしいですね、ぜひやってください!」と、私の個性を丸ごと面白がって受け入れてくれました。懐の広さに触れ、この街なら、自分を偽らずに活動できると感じました。
――地域おこし協力隊は公務に近い立場で活動する中で、意識の変化はありましたか?
一般企業から来た私にとって、一番の学びは、自分の活動費は、市民の皆さんの大切な税金である重みを実感したことです。最初はそこまで意識が回っていなかったのですが、役場の方と予算や活動の話をする中で、この活動は市民にどう還元されるのかを常に問われる環境だと再認識しました。
以来、いかに地域の方々に喜んでもらい、大船渡のプラスになるかを念頭に置いて計画を立てるプロ意識のようなものが芽生えました。
ITは目的ではなく手段。漫画を掛け合わせた独自の発信術
――2年目以降、ITとの向き合い方はどのように変わっていきそうですか?
ITを普及させなければならない強迫観念のようなものは捨てました。それよりも、私自身がITを使って楽しみ、何かを実現している姿を見せること自体が、一番の普及活動になるんじゃないかと思うようになったのです。
たとえば、「iPadを使ってこんなに楽しく漫画が描けるんですよ」「SNSを使うとこんなに多くの人とつながれるんですよ」など私自身の楽しそうな姿を見せるようにしています。
ITを教えることを目的にするのではなく、やりたいことを叶えるための便利な手段として使いこなす姿を見せることで、自分もやってみようかなと思ってくれる人が増えたらいいなと思っています。
――SNSに投稿中の『大船渡日記』。ネタ探しや表現において大切にしていることは?
大船渡に住んでいる人にとっては当たり前すぎて気づかないような日常の面白さを、外からの視点で拾い上げるようにしています。たとえば、正月の「悪魔払い」のようなネーミングに、地元の人は何が変なの?と言うけれど、私から見れば特徴的な名前です。そういった違和感や発見を鮮度の良いうちに描くようにしています。

悪魔祓いをテーマとした檜山さんが描いた漫画
また、表現としてこだわっているのは正確さと主観です。単なる記録なら新聞で十分ですが、私一人の人間がその場にいてどう感じたか心の動きを描きます。そうすることで、情報の裏側にある温度感が読者に伝わり、共感を生むコンテンツになると考えています。
――自作キャラクターの徳川くんは、地域での活動にどう貢献していますか?
徳川くんは、私にとって最高の名刺ですね。柴犬っぽいキャラクターのイメージが先に定着しているので、初対面の方から「あ、徳川くんの人ですよね!」と声をかけていただけることも多いんです。
顔出しをしていなくても、漫画を通じて私の人となりを事前に知ってくれて、顔が見える安心感が、地域でのコミュニケーションをスムーズにしてくれています。クリエイターだからこそ持てる、地域との新しい接点だと感じています。
クリエイターが地方へ行く価値と、大船渡の明るい未来

檜山さんの作品を展示した様子
――協力隊の任期が終わる頃、大船渡はどのような街になっていてほしいですか?
もっと情報発信が日常になっている街にしたいです。どこのお店がいつ開いていて、どんな店主がどんな想いで働いているか。SNSを開けば、街の様子がリアルタイムで伝わってくるような、可視化された街が理想です。
賑やかな発信の輪の中に、私の漫画も一つの彩りとして存在し続けたいですね。「何か面白いことを始めたい」「デジタルで困ったことがある」時に、とりあえず檜山さんに聞いてみようと、一番に顔を思い出してもらえるような、頼れる近所のお兄さん的な存在になれていたら最高です。
――最後に、地方での活動を考えているクリエイターへメッセージをお願いします。
都会では、優れたコンテンツもあっという間に消費されて流れてしまいがちです。でも地方では、クリエイターが作る「一つの発信」が、街の人に届き、長く大切にしてもらえます。さらに地方には、まだ誰にも見つけられていない面白いネタが、あちこちに転がっています。
デジタルがあれば、どこにいても物作りはできます。自分の技術が直接誰かの役に立ち、感謝される。手応えを感じながら創作に打ち込める環境が、地方にはあります。
自分の才能を、都会の消費サイクルから離れ、誰かの顔が見える場所で活かしてみませんか。大船渡は、挑戦を温かく受け入れてくれる街ですよ。
☆ ☆ ☆
今回、檜山さんに取材をして、改めて地方が持つ可能性に気づかされました。
決して大きくはない地域だからこそ、自身が描いた漫画が誰かに届く「意味」が存在し、直接反応が返ってくる。情報が溢れる都会ではなかなか得られない、クリエイターにとっての喜びではないでしょうか。
檜山さんが進める「IT×漫画」のアプローチには、大きな伸びしろを感じます。檜山さんの活動を通じて、大船渡市がさらに新しく、また違った街へと変わっていく未来がイメージできました。
もちろん、隊員一人の力だけでできることには限りがあります。積極的にコラボレーションや広報ができる環境が広がることを願っています。私たち「となえぴ」も、檜山さんの情熱に負けないよう、一緒に大船渡を盛り上げていきたいと思います。