「人を祝福したい」その祈りが私を大船渡へ導いた。台湾からの移住者が見つめる地域の宝物

2022年、岩手県大船渡市。三陸の美しい海に抱かれたこの街に、大きな決意を胸にした一人の女性がやってきました。台湾出身のメロディさんです。彼女は今、子供たちや地域の人々と深く関わりながら活動しています。

なぜ彼女は安定した母国でのキャリアを捨て、言葉も通じない異国の地、それも震災の爪痕が残る被災地へと向かったのか。その背景にあった祈りと決意、そして移住してから4年目を迎えた今だからこそ見える大船渡の魅力について、お話を伺いました。

Melody(メロディ)
台湾出身。2022年11月に岩手県大船渡市へ移住。現在はNPO法人 With You Global のスタッフとして、住田高校での国際交流や子供向けの居場所づくり、プレーパークの運営などに携わる。趣味は料理と温泉巡り。

3.11の衝撃と、心に灯った祈り

祈りのモニュメント

―― メロディさんが日本、そして大船渡を意識するようになったのは、いつ頃のことだったのでしょうか。

全ての始まりは、2011年3月11日でした。当時、私は台湾にいましたが、テレビから流れてくる東日本大震災の映像に、言葉を失いました。台湾でも連日のようにニュースが流れ、多くの人が心を痛めていました。

私はクリスチャンなのですが、その時からずっと「いつか、この地域に住む皆さんの力になりたい。皆さんの心が癒やされるよう、自分にできることがあれば」と祈り続けてきました。当時はまだ具体的な機会はありませんでしたが、その想いだけはずっと心の中に灯っていたんです。

―― それから大船渡を訪れたのは、少し経ってからだったのですね。

はい。ようやく念願が叶ってこの地域を訪れることができたのは、震災から7年が経った2018年と2019年のことでした。教会の友人たちと一緒に、大船渡、陸前高田、釜石、山田町といった沿岸地域をくまなく巡りました。

そこで目にしたのは、震災から歳月が経ってもなお残る傷跡と、それと同時に、力強く前を向こうとする人々の姿でした。今の職場の先輩たちに出会い、活動内容を聞く中で、「私はここで働きたい。もっと多くの人を祝福できる(幸せを届ける)仕事を、この地でしたい」という想いが確信に変わりました。

―― 台湾では別のお仕事をされていたと伺いました。それを手放すことに迷いはありませんでしたか?

たしかに、以前は台湾のキリスト教系の病院で、やりがいのある仕事をしていました。でも、私の心は大船渡にありました。周囲の病院のスタッフや教会の仲間も、私の決意を尊重し、背中を押してくれました。
2022年11月1日。コロナ禍という大変な時期ではありましたが、私は片道切符で大船渡の地に降り立ちました。不安よりも、「ようやくここに来られた」という感謝の気持ちの方が大きかったですね。

異文化の壁を越えて――日本語と自炊が変えた生活

大船渡市内の飲食店にて

―― 移住当初、言葉の壁をどうやって乗り越えましたか?

台湾人は日本のドラマが大好きなので、五十音くらいは知っていましたが、日常会話は全くでした。移住を決め、YouTubeなどで必死に自習しましたが、実際に来てみたら教科書で学んだ丁寧な日本語と、皆さんが話す実際の日本語は全然違っていて、びっくりしました。

でも、ここは都会と違って、日本語しか通じない環境です。それが私にとっては最高のトレーニングになりました。さらには、月に1回、大船渡にほんご交流カフェに通い、週に1回、陸前高田の日本語教室に通っていて、地元の先生にも教えてもらっています。

今日のインタビューのように、誰かと話して分からない言葉があれば、後で必ず調べて覚えるようにしています。皆さんが私の拙い言葉を優しく聞き取ってくれるおかげで、今では日常のコミュニケーションに困ることはなくなりました。

―― 生活面での「カルチャーショック」についても教えてください。

一番驚いたのは、やっぱり食の違いですね。台湾では、朝ごはんは外で買うのが当たり前なんです。街中に朝食スタンドがあって、出勤前に熱々の豆乳やサンドイッチを買うのが日常でした。でも、大船渡に来てみたら……朝、お店が開いていない!

それから、台湾では数メートルおきにあるようなタピオカドリンク店もありません。「今すぐミルクティーが飲みたい!」と思っても、どこにも売っていない。最初はショックでしたが、そのおかげで私の生活は劇的に変わりました。

―― どのように変わったのですか?

自炊をするようになったんです。大船渡は、スーパーで売っているお肉やお魚、野菜が信じられないほど美味しい。住田町の鶏肉や豚肉を買って、自分で料理をする。外食が減り、健康的な食事を心がけるようになったおかげで、台湾にいた頃よりも少し痩せて、健康的になりました。これは移住が生んだ、思わぬ良い変化でしたね。

多世代がつながる場所を。若者支援の挑戦

AKAサマースクールの様子

―― 現在の具体的な活動内容について詳しく教えてください。

私が所属するWith You Globalでは、震災直後の支援から一歩進んで、今は次世代の子供たちや若者をサポートしています。

特に力を入れているのが、住田高校での活動です。月に3回ほど訪問して、国際交流のイベントを企画しています。また、「県外留学生」としてこの地域に来ている生徒さんのサポートもしています。彼たちは家族と離れて過ごしているので、週末は一緒に街を案内したり、お話をしたりしています。

―― 子供向けのイベントも開催されているそうですね。

はい。毎月1回、夢海(ゆめみ)公園で「プレーパーク」という子供の居場所づくりをしています。プレーパークには色々なおもちゃや遊び道具があり、子供たちが自分のやりたいことを自由に見つけられます。以前は盛駅の近くにオフィスがあったので、そこで高校生と一緒にポケモンのゲームなどをして交流していました。

また、私たちのチームは、夏休みと冬休みにAKAサマースクールとウィンタースクールを行っています。この活動は地域の保護者のサポートになり、かつ子どもたちは小さい時から外国の文化に触れることができます。

学校でも家庭でもないサードプレイスとして、子供たちがリラックスできる環境を作りたい。それが今の私の大きな目標の一つです。

シャイな心に秘められた素朴な優しさ

―― これまで住んでみて感じる、大船渡の人々の印象はどうですか?

台湾人はとてもオープンですぐに友達になりますが、大船渡の方は最初は静かで、少しシャイな方が多い気がします。でも、一度打ち解けると、素朴な優しさを感じますね。

忘れられないエピソードがあります。移住してすぐ、言葉もままならないまま地元のコンピューター教室に通っていた時のことです。そこで同じ教室を受けていた方が、ある日突然、大量の「ホタテ」をプレゼントしてくれたんです。

―― 大船渡らしい贈り物ですね!

その方の「食べてほしい」という気持ちが本当に嬉しかった。言葉は完璧に通じなくても、心と心はこうして通じ合うんだと、震えるほど感動したのを覚えています。

大船渡の人たちは、時間をかけてゆっくりと関係を作っていく。私が活動報告や治療のために2ヶ月ほど台湾へ戻っていた時も、「元気ですか?」「いつ帰ってくるの?」と多くのメッセージをいただきました。私を地域の一員として待っていてくれる人がいる。それが何よりの支えになっています。

メロディさんから見る大船渡の宝物

大船渡市内の桜

―― 大船渡の自然についても、台湾との違いを感じますか?

全然違いますね! 私が住んでいた台湾南部は一年中暑いので、日本の四季には今でも感動します。特に冬、山に雪が積もって霧がかかっている静かな景色は、芸術のように美しいです。

春には立根町の川沿いで静かに桜を眺め、秋には真っ赤な紅葉に驚きます。台湾から高い航空券を買って日本へ桜を見に来る人も多いですが、私はここで暮らしながら、毎日その美しさを感じることができる。なんて贅沢なことだろうと思います。

―― もし台湾から友人が来たら、どこに案内したいですか?

まずは碁石海岸です。松の木と荒波が織りなす景色は、まさに日本の美。そこの食堂で食べる海鮮丼も絶品です。それから大船渡温泉。海を見渡しながら入る露天風呂は最高のご褒美です。私自身、疲れた時は一人で行って、海の音を聞きながらぼーっとしています。

あとは夢海公園とその周辺の海岸線ですね。津波の記憶を風化させないための学びがあり、そこから高台へ登ると、今の美しい大船渡が一望できます。この街が歩んできた歴史と、今の輝きを同時に感じてほしい場所です。

世界と大船渡をつなぐ架け橋として

浴衣姿のメロディさん

―― これからの夢や、挑戦したいことはありますか?

大船渡や気仙地域の良さを、もっと台湾や世界の人に知ってもらいたいです。今は多くの観光客が東京や大阪へ行きますが、東北には伝統的な日本文化、そして何より人の温もりが色濃く残っています。

たとえば、こちらのみずみずしいリンゴ。台湾は暑いのでリンゴは作れませんから、台湾の友人たちは「リンゴ狩りをしてみたい!」と目を輝かせます。大船渡のイクラやサンマ、住田の美味しいお肉。これらをきっかけにして、もっと多くの交流を生み出したいです。

―― 最後に、この記事を読んでいる市民の皆さんにメッセージをお願いします。

今まで私を受け入れ、支えてくださった全ての皆さんに心から「ありがとうございます」を伝えたいです。皆さんの優しさのおかげで、大船渡は第二の故郷になりました。

これからも、国際交流イベントや地域活動を通じて、皆さんとたくさんお話をしたいです。外国人も日本人も、お互いの文化をリスペクトしながら、楽しく共生できる街。そんな素敵な未来を、皆さんと一緒に作っていけたら嬉しいです。

☆ ☆ ☆

私が運営をお手伝いしているにほんご交流カフェで、メロディさんと出会いました。彼女はいつも明るく元気で、会のムードメーカー的存在です。今回、彼女の祈りから始まった移住のストーリーを伺い、その行動力と優しさに改めて胸を打たれました。

同じ街に暮らし、顔を合わせていても、その人がどんな想いでここに立ち、どんな明日を描いているのか。それを知るだけで、見慣れた景色が少し違って見える気がします。

「近くにいるけれど、まだ知らない誰か」の魅力を届け、応援すること。それが『となえぴ』の使命です。これからも、一人ひとりの物語を大切に紡いでいきます。次回の取材も、どうぞお楽しみに。

〈取材・文=ひろゆき(@himon_da)/編集=うぉーかー(@kiima_0617)〉

#台湾 #子ども #教育 #移住者 #自然 #食べ物
となえぴ

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