56歳で金融業界から大船渡へ。「夢だけでは飯は食えない」元金融マンの移住後の挑戦
証券会社や外資系金融企業で約30年。常に数字を求められるシビアな世界を渡り歩いてきた三浦弘嗣さんは、56歳で岩手県大船渡市へ移住しました。
現在は地域おこし協力隊の3年目としてワイナリー事業に携わる傍ら、ペットと泊まれる一棟貸宿の開業準備も進めています。
「夢だけでは飯は食えない」
「完璧を待つより、小さく始めながら改善していけばいい」
金融業界で培った視点を持ちながら、新たな挑戦を続ける三浦さん。その生き方と、大船渡での暮らしについて伺いました。

三浦弘嗣(みうら・こうじ)
岩手県大船渡市の地域おこし協力隊(3年目)。証券会社や外資系金融で約30年活躍後、56歳で移住。現在はワイナリー「スリーピークス」での販売・立ち飲み事業や、ペットと泊まれる一棟貸宿の開業など多岐に活動中。
「もうお腹いっぱいだった」56歳でまったく違う世界を選んだ理由

スリーピークスのワイン
ーー前職では、どのようなお仕事をされていたのでしょうか?
新卒で証券会社に入社して以来、金融業界で30年以上働いてきました。営業を経験したほか、楽天証券の立ち上げ時には、インターネット取引システムの企画を担当したこともあります。
その後も外資系企業でも働き、シドニーやマレーシアなど海外勤務も経験しました。金融の世界は給与水準が高い一方で、常に結果を求められる環境です。外国人の上司や部下との文化の違いにも向き合いながら働く日々は刺激的でしたが、その分プレッシャーも大きかったですね。
ーーそこから、なぜ大船渡市に移住することになったのですか?
国内外の金融機関で30年以上多様な業務に従事して、「もうお腹いっぱい。まったく違うことをやりたい」と思ったんです。もともとワインやお酒が好きで、農業にも興味がありました。でも、56歳の未経験者を受け入れてくれる場所は、そう多くはありません。
そんなとき偶然見つけたのが、大船渡市の地域おこし協力隊でした。
大船渡は食べ物がおいしそうで、釣りもできる。生活インフラも整っていて、寒すぎない。
協力隊という制度があることで活動費も確保されますし、まったく違う分野に挑戦するにはよい制度だと思いました。
他の候補地も見ましたが、ブドウ栽培の継承が前提になっているなど、自分には少しハードルが高く感じて。大船渡市なら、暮らしながら挑戦できそうと思い、移住を決めました。
都会との比較ではなく、「違う国」と捉える

提供していた骨付きの生ハム
ーー実際に大船渡で暮らしてみて、都心との違いに戸惑うことはありませんでしたか?
街がコンパクトで便利ですね。私は車の運転があまり得意ではないのですが、嫌にならない程度の距離感ですし、渋滞もありません。スーパーへ行けば物は揃いますし、コンビニや金融機関もあります。インフラは十分揃っているので、生活に困ることはないですね。
ーー人との距離感はいかがですか?
周囲から過度に干渉されることもありません。何をしているのか細かく聞かれたり、地元の組合への加入を求められたりすることもなく、適度な距離感があって、お互いを尊重しながら、暮らせていると感じてます。
私の持論ですが、「違う国に来た」と考えると腑に落ちるんですよ。都心と比べれば平均所得は低いかもしれません。でも、都会の人が何倍も幸せかというと、そうではないと思うんです。
都会には都会の価値観があり、大船渡には大船渡の価値観があります。比べるのではなく、違う国だと思えば自然に受け入れられます。無理に地域コミュニティへ合わせなくても、お互いに心地よい距離感で暮らせています。
夢だけでは飯は食えない。事業として続けるために考えていること

物件の施工が完了した様子
ーー現在は、「スリーピークス」でワイン作りにも関わっています。実際に飛び込んでみて、いかがでしたか?
何も知らずに飛び込みましたが、想像以上に厳しい世界だと実感しています。日本ワイン全体の市場は必ずしも大きくないのに非常に競争の激しい市場だと感じました。ブドウ栽培もワイン作りも時間がかかりますし、日本には、3,000円前後でおいしいワインをつくっているワイナリーが数多くあります。
その中で選ばれるためには、ただ良いものを作るだけでは生き残れません。だから私は、夢だけでは飯は食えないと思っています。
だからこそ、誰がどこで、どんな思いで作っているのかまで含めて届ける必要があります。商品だけでなく、その背景にあるストーリーも含めて選んでもらわなければならない時代だと思っています。
だからこそ、「どう売るか」に力を入れています。木曜・金曜はワイン作りや農業を手伝い、それ以外の時間は催事に出店したり、スーパーなどへ売り歩く営業活動に注力しています。
ーー「売ること」を重視されているんですね。
そうですね。せっかくワインを作っても、地元の方にはまだ知られていない部分があります。まずは実際に飲んでもらい、興味を持ってもらう場が必要だと思って始めたのが、立ち飲み営業です。
地元の方や観光客が気軽に立ち寄れる「ゼロ次会」のようなスタイルで、食べ物の持ち込みも自由にしています。
また、近くのホテルへ足を運び、宿泊客限定で乾杯ワインをプレゼントする特典付きチラシを持って営業に行くなど、売上につながる工夫もしています。ゆくゆくは協力隊のメンバーが1日店長を務めるなど、私が卒隊後でも続くような仕組みをつくりたいです。
ーー一棟貸宿屋事業も個人で立ち上げられたと伺いました。なぜ宿屋だったのでしょうか。
同じように困っている人がいるなら、需要があるのではないかと思ったのがきっかけです。自分も犬を飼っているのですが、大船渡周辺には犬連れで泊まれる宿が少なく、不便さを感じていました。もともと、不動産賃貸業の経験があり、空き家バンク等を活用して安く物件を取得するノウハウはありました。
ターゲットはペット連れの観光客や、実家には泊まらずゆっくり過ごしたい帰省客、インバウンドグループなどです。大きな市場ではありませんが、ニッチなニーズは確実にあると思っています。
宿を増やすことが目的ではなく、「三陸で暮らすように滞在し、地域の暮らしを楽しむ文化」を育てる拠点となる宿泊施設を作りたいと考えています。
万が一、一棟貸宿としてうまくいかなくても賃貸住宅として活用できます。リスクを抑えながら、挑戦できる点も大きかったですね。
完成した宿では、広いキッチンで地元のおいしい食材を料理したり、英語対応を活かして外国人観光客をサポートしたりと、来てくださった方に喜んでもらえる場所にしたいですね。
「やらされ感ゼロ」の毎日が教えてくれたこと

大船渡のおいしい食事
ーービジネスマン時代と比べて、ご自身の中で何が変わりましたか?
やらされている感やストレスが完全にゼロになりました。やりたくないことはやらない。それだけでもずいぶん違います。
あとは、食べ物がおいしいことも大きいですね。私が酒を飲んで、犬も喜んでいる。そんな小さな幸せを日々感じています。
ーー三浦さんが目指す、大船渡の未来はどのような姿でしょうか?
今のままでも十分素晴らしいと思いますが、一度都会に出た人が「帰ってきたい」と思える環境になれば理想ですよね。帰ってこられる職があったり、素敵な街があったり。戻ってくる人が1人でも2人でも増えたらいいじゃないですか。
大船渡には、外から移住してきた人を受け入れる文化がありますし、首都圏と比べれば事業の競合も少ないです。地元の金融機関としっかり話をして、現実的な事業計画を立てれば、移住者でも融資を受けて挑戦できる余地は十分にあると思います。
ーー最後に、自分の生き方やキャリアに悩んでいる人へメッセージをお願いします。
私自身、56歳でまったく違う世界に飛び込みました。だからこそ思うのは、完璧を待つより、小さく始めながら改善していけばいいということです。やってみたほうが得なんじゃないでしょうか。
あとは体力をつけること。健康でいることが一番大事です。深刻になりすぎなくていい。死なないから、大丈夫。楽しくやっていけばいいんじゃないかなと思います。