50歳で脱サラ。元サラリーマンが東北の地で見つけた天職とは?

都会の喧騒から離れ、自分の手で何かを生み出す暮らしへ。

28年間勤めたサラリーマン生活に終止符を打ち、50歳でワイン造りの世界に飛び込んだ人がいます。きっかけは「ワインが好き」という純粋な想いと、「手足を使ってものづくりがしたい」といった願い。

年齢の壁を乗り越え、まず向かったのは鹿児島の地域おこし協力隊。そして、より良い環境を求めてたどり着いたのは、岩手県大船渡市でした。畑で土に触れ、ぶどうを育てる日々は、彼の心と体にどんな変化をもたらしたのでしょうか。地方移住で見つけた喜びと、これからの夢を語っていただきました。

今井雄一
埼玉県鴻巣市出身。大学卒業後から埼玉県内の自動車部品メーカーに長年勤務する。脱サラしたあと、地域おこし協力隊として鹿児島県のブドウ農家で修行。その後、岩手県大船渡へぶどうとワインを造るために移住。

ワイン造りとの出会いと鹿児島への地方移住の決断

ワインの仕込みの様子

ーー サラリーマン時代はどのような仕事をされていましたか?

自動車内のエアコンを作る会社で、機械部品の設計や性能評価を担当していました。自動車のモデルチェンジに合わせて部品を新しく設計し、自動車メーカーの社員とチームで仕事を進める毎日でしたね。

新人の頃は、図面作成が中心でしたが、会社でのポジションが上がると調整業務などが増えて、最後はチームリーダーとして若手の育成やマネジメントが主な役割に。気づけば、会社には28年間勤めていました。

ーー ワイン造りのために一度鹿児島へ移住したと伺いましたが、どのような経緯があったのでしょうか?

50歳を過ぎたころ、第二の人生を考えるタイミングがあったんです。会社員としてやり切った気持ちがあり「今が潮時だ」と感じたので、脱サラを決意しました。

そして、何をやろうかと考えたときに、ふとワインを造りたいと思ったんです。単純にワインが好きなのと、自分の手でつくるものづくりへの憧れがあって。酒税法の関係で個人でワインを造ることはできないので、それならいっそ、仕事として挑戦してみようと考えました。

ただ、ワイン造りの仕事を探したところ、50代からの未経験採用はほとんどなく。そんななかで出会ったのが、地域おこし協力隊です。調べてみると全国にワイン造りを学べる募集がいくつかありましたが、年齢条件で応募できるのは鹿児島だけでした。

思い切って応募したところ無事採用され、鹿児島へ移住しました。

新たな地、大船渡でのワイン造りへの挑戦

収穫されたぶどう

ーー 鹿児島から大船渡を拠点にされた理由を教えてください。

鹿児島で地域おこし協力隊をしていたのですが、ちょうどコロナ禍と時期が重なり、計画通りにワイン造りを進めることが難しくなってしまいました。任期を終えるタイミングで大船渡にも新しいワイナリーができたことを知り、代表に連絡したところ地域おこし協力隊を募集していると聞きました。話を聞いて応募した結果採用され、大船渡に住むことになったんです。今振り返ると、良い巡り合わせがあり、運が良かったと思います。

ーー 移住後、地元の方との関わりで印象に残っていることはありますか?

『居場所ハウス』の運営に関わっている方と仲良くなりました。大船渡に最初に移住したとき、末崎町に住んでいて、ときどき遊びに行っていたんです。今でも、親身になって相談に乗ってくれます。

ぶどうを育てる畑を探していたときは畑を管理している人を紹介してくださり、ぶどうの栽培を始めることができました。あらためて、地元の方とのつながりの大切さを感じています。

ーー現在、大船渡ではどのようなぶどうを育てていますか?

主に育てているのは「アルバリーニョ」です。気候の関係で、大船渡で造りやすいぶどうと言われていて。スペインの海沿いが原産地の白ワインに向く品種で、熟すと桃やアプリコットのような香りが出て、非常にフルーティーなぶどうです。

また、岩手県で昔から栽培されてきた「ナイアガラ」と「キャンベルアーリー」の2種も作っています。どちらも、生食でもジュースでもおいしく親しみやすいぶどうです。

ーー聞くだけでおいしそうですね。仕事の流れは季節ごとに変わるのでしょうか?

畑と仕込みの時期で流れが変わってきます。4月から9月までは、一日中畑仕事です。季節ごとに枝の手入れや葉っぱの手入れがあり、房ができたら手入れをします。

他の時期は仕込みです。白ワインと赤ワインでは工程が異なり、ぶどうをタンクに入れて発酵させ、もろみの状態をまめに観察します。その合間に、商品のラベルを容器に手作業で貼っていきます。

ーー 想像以上に体力が必要ですね。大船渡でのワイン造りで印象的だったエピソードはありますか。

昨年は、蜂による食害で大きな被害が出てしまいました。ひとつの房が食べられると、そこに蜂が集まり、次々に実がかじられ、やがて腐敗が進み、ハエやアブも寄ってきて、病気の原因になってしまうんです。

今年はその経験を活かして、不織布をカーテン状にして、房の周りを覆っています。完全には防げませんでしたが、食害はかなり減らすことができて、収穫量も確保できました。

ワイン造りがある暮らしとサラリーマン時代からの変化

出来上がったワイン

ーー サラリーマン時代と比べて、今の暮らしで大きく変わったことはありますか。

いちばん大きいのは、体も心も健康になったことだと思います。ワイン造りは畑仕事も仕込みも、体を使うので、仕事が終わるころにはほどよい疲れがあるんです。

また、自然のなかで土や作物に触れる時間が長いので、気持ちが安らぎ、癒しになります。
サラリーマン時代は遅い時間までデスクワークをずっとしていることが多くありました。頭ばかり使っているので、頭の中はずっと高揚している状態だったんです。

今は体を動かすので、仕事終わりに食欲もしっかり出るし、ご飯もおいしい。夜もぐっすり眠れるようになり、暮らし全体が健康的になったと実感しています。

ーー 実際に暮らしてみて、大船渡の魅力はどんなところに感じていますか?

海産物などの食べ物がおいしいと思います。それ以外だと、暮らしやすさですかね。私は埼玉の熊谷市周辺に長く住んでいたので、20年くらい前から毎年夏は猛暑で大変でした。その点、大船渡の夏は涼しくてとても過ごしやすいんです。

あとは、冬に思ったより雪が積もらない。総じて暮らしやすさが魅力だと思っています。

ーー 一方で、大船渡に移住してから大変だったことを教えてください。

思ったよりも冬場の光熱費がかかりました。この辺りではプロパンガスが主流で、値段が高いんです。さらに、冬は各部屋に灯油のストーブを一つずつ置いています。灯油の値段も上がっているので、冬場のガス代・灯油代は予想よりかかりましたね。

やりたいことは、一回やってみると楽しい

収穫の様子

ーー協力隊の活動を通して、大船渡の可能性はどんなところに感じていますか?
大船渡は体験型のコンテンツを提供できる場所が豊富です。たとえば、船で釣りに行ったり、牡蠣やホタテを養殖しているところを見たりする体験ができます。わかめの芯抜き体験なんかもあるんですよ。

自然を楽しむ『みちのく潮風トレイル』もありますし、ぶどう畑やワイナリー、日本酒の蔵、それからビールの製造所も新しくできる予定です。さまざまな体験を提供できる場所が大船渡にはあるので、観光のひとつとして誰かやってくれたら面白いと思います。大船渡の風景もまた違って見えてくるのではないでしょうか。

ーー 観光としても魅力が広がりそうですね。今井さんのこれからの目標はありますか。

りんごとぶどうの果樹園を妻と二人で運営して暮らしていくことが目標です。今は他のワイナリーから業務委託を受けながら、自分の畑も耕しています。今後は、収穫した果物をジュースやワイン、シードルに醸造して販売する予定です。

ーー素敵ですね。最後に、第二の人生を進もうとする人へひと言お願いします。

大体の人が何かやりたいことが見つかっても、すぐ進めることは少ないと思います。でも自分の中で温めて膨らませていれば、軌道変更する機会がどこかで来ると思います。そのときは、迷わず踏み出したらいいんじゃないかと。

もしやってみて失敗したら、また別の生きていくすべを見つければいい。やりたいことが見つかったら、一回やってみたらと伝えたいですね。そういう生き方が楽しいと思います。

☆ ☆ ☆

今回、今井さんにはサラリーマン時代の働き方から鹿児島、大船渡と移住先での暮らしまでを聞くことができました。移住したことで体験でき、感じたことを多く語ってくれましたね。

地域おこし協力隊時代からワインを造り、今では一人でもワインを造る技術を身に付けた今井さん。これからは自身の畑でも十分な作物が取れることを期待しています。

新たな挑戦をして、そちらの生き方が楽しいと思える人生は素敵だと思います。同じ大船渡という地で頑張っていきたいです。

〈取材・文=ひろゆき(@himon_da)/編集=石田ちひろ(@hi_rommn)〉

#インタビュー #ライター #ワイナリー #ワイン #仕事 #協力隊 #地域おこし協力隊 #大船渡市 #岩手県 #移住 #第二の人生 #脱サラ
となえぴ

人気のインタビュー