旅好きな彼女が都会から地方に馴染むまで。新卒の彼女が新天地を楽しめる理由

「なにもない場所なんて、ほんとはどこにもない」

視点を変えれば日常も楽しめる。倉持さんはそのことをトレイルから学びました。

そして周りの友人たちが都会で働き始める中、彼女は新卒で岩手県大船渡市の地域おこし協力隊の道を選びました。

人生を動かした『みちのく潮風トレイル』との出会い、活動拠点『ニューオキライ』での挑戦、そして地元の定食屋さんで過ごすのんびりした休日。

大船渡で楽しく暮らす彼女の等身大な姿から、新たな景色が見えるかもしれません。

倉持怜菜
埼玉県出身。大学ではエコツーリズムについて学び、東北でのまちおこしや『みちのく潮風トレイル』について興味を持つ。
2025年4月から新卒で岩手県大船渡市三陸町で地域おこし協力隊として活動。

「なんとなく」だった大学生活。人生を変えたエコツーリズムとの出会い

ーーどのような大学時代を過ごされてましたか。
大学1、2年生のときは、自分がどういうことに興味があるか、何を学びたいかなどをほとんど考えていませんでした。ただ大学の単位を取って卒業・就職できればいいかな、という感じで過ごしていました。

3年生からゼミが始まり、ゼミ選択のときに「どういうゼミに入るかで卒論のテーマが決まる」と思ったので、そこで初めて自分がどういうことに興味があるのかをしっかり考え始めました。

人が少ない地域での観光に興味があると感じたためエコツーリズムを専門とする先生のゼミに入りました。エコツーリズムは、観光客にその地域に根付く文化や自然環境を身をもって体験し学んでもらうことで、地域にとって持続可能な観光の形を目指していく概念です。

ーーそのゼミで何か印象的だった出来事はありますか?
それまで東北にほとんど行ったことがなかったのですが、ゼミで岩手県宮古市のプロジェクトをやっていたので、宮古市に何度も行くようになりました。

そこで「みちのく潮風トレイル」の存在を知りました。もともとアクティブなことは好きだったので、みちのく潮風トレイルを歩き始めてどんどんハマっていきました。

ーー周りのご友人の多くが企業への就職を選ぶ中で、新卒で地域おこし協力隊として大船渡市へ移住する道を選んだことは勇気のいる決断でしたね。
もちろん普通の企業への就職も考えましたが、悩んでいるときにゼミの先生に相談させていただきました。自分は、新卒で地域おこし協力隊になることを反対されるかなと思ったのですが、意外にも「ありじゃない?」というふうにアドバイスをいただきました。

社会人経験を積んだ人が協力隊になって即戦力として動けるのはメリットだと思いますが、新卒でキャリアを築き始めるという人も中にはいるだろうし。自分の中で地方への興味は変わらないし、企業へ就職するモチベーションもあまりなかったので、「じゃあ思い切ってやってみよう、移住してみようかな」と思いました。

ーー学生時代の専門分野と近いものを選んだという印象があります。大船渡市の地域おこし協力隊を選んだ理由はありますか
まず、人が多いところや自然が少ないところではあまり生活したくないなと思っていました。本当にのどかなところで仕事ができればラッキーだな、ぐらいに考えていて。

学生時代から縁のある岩手県の沿岸部を中心に宮古市とか、釜石市とか陸前高田市とか、いろいろな協力隊の募集を見つつ、どんな地域かなと訪れてみました。その中で、私はこの三陸町の穴場感がいいなと。

沿岸部では宮古市や釜石市がもっと栄えていると思いますが、そういうところよりはもう少し人がまだ少ないところがいいと思い、三陸町を選びました。

全長1000kmの「何もない」道のり。人生観を変えた風景の豊かさ

ーー倉持さんをこの地に惹きつけた『みちのく潮風トレイル』ですが、改めてどんな場所なのか教えてください。
『みちのく潮風トレイル』は、青森県の八戸市から福島県の相馬市まで一本道でつながる、全長1000km以上のロングトレイルです。

東日本大震災後の『グリーン復興プロジェクト』という、復興の取り組みの一つとして作られたのが始まりです。

もともとある東北の沿岸沿いの綺麗な景色や、住む人、食べ物、そういった魅力の上に復興という意味合いが乗っかって、このトレイルが出来上がったそうです。

ーー初めてみちのく潮風トレイルを歩いたときのことは覚えていますか。今まで歩いた中で忘れられない景色があればお聞かせください。
初めて歩いたのは、大学3年生の6月頃に大学のゼミで仙台市の方へ行ったときです。多賀城市や塩竈市あたりを最初に歩きました。

『みちのく潮風トレイル』という名前だから、ずっと海沿いを歩くものだと最初は思っていました。でも、多賀城市あたりのルートを歩くと結構内陸もあって、沼の周りを歩いたりもするので、海だけじゃなくて山や他の魅力もあるトレイルなのだな、と最初に感じた記憶があります。

忘れられない景色で言うと、2月に宮古市で学生カフェの活動をしていたときのことです。活動がない日に、せっかく宮古市にいるのだからとトレイルを歩きに行きました。

その年は雪が多くて、宮古の沿岸部はあまり降らないと聞いていたのですが、ドカ雪が降ったんです。ただの道でも雪が降ると全然景色が変わり、まるで別の場所のようでした。雪が降らない地域の出身ということもあり、その景色が今でも忘れられないです。

ちなみに最近、その雪の中を歩いた場所に再度行ったのですが、今は緑が豊かで全く違う場所に見えました。同じ道でも季節が変わるだけでこんなに景色が変わるんだなと感じられたのは、面白い体験でした。

ーーみちのく潮風トレイルは大船渡市も通っていますよね。歩いてみて印象に残っている景色はほかにもありますか。

いいなと思ったのは、セメント工場です。すごいお気に入りです。

煙突みたいなのがありますよね。工場の中に入り込んだみたいにバーッと幾何学模様が広がっている中をトレイルのルートが通っているんです。その景色はすごく時代の重みを感じるので、トレイルを歩いたことがない人にもちょっと行ってみてほしいなと思います。

『えんとつ町のプペル』のような世界観が味わえますよ。

ーーみちのく潮風トレイルを歩く中でなにか学んだことはありますか?
トレイルを歩き始めて、いろいろな考え方が変わりました。生活は最低限のものでも大丈夫になったというか。

SNSを見ていると「あれ食べたい」「あれ欲しい」と情報が多いですが、夏場に20km、30kmと歩いていると、ただ水が売っている自販機があるだけでもう最高に嬉しかったり、トレイルで出会った人にアメをもらっただけでも嬉しかったりします

幸せのハードルが下がって、小さなことでもラッキーだと思えるようになったと思います。

無人の駅前施設を人が交わる「ストーリーの詰まった場所」へ。『ニューオキライ』での挑戦

ーー現在活動されている『ニューオキライ』は、どのような場所なのでしょうか。そこでの倉持さんの具体的な役割や活動内容を教えてください。
以前は市の観光物産協会が入っていた場所でしたが、2年前に撤退してしまいました。でも駅前で「人が交流する場所が無くなってしまうのはさみしい」と、地元の方々が立ち上がり、今はカフェや売店、レンタルスペースとして開いています。

私の役割は、ニューオキライを活用して盛り上げ、交流の場所に育てていくことです。普段は土・日・月の3日間カフェを営業していて、同時に売店コーナーもやっています。商品としては大船渡市のゆるキャラやトレイル関連などのグッズ、塩やお茶などの特産品などを置いています。

ーー活動の中で、これは大変だったというエピソードがありますか?
率直に言ってしまうと、集客面は少し大変ですね。私の活動地は市の中心部から少し離れているので、人があまりいません。大船渡市の観光となると、やはり碁石海岸だったり、お店が多いエリアでご飯を食べて終わり、というパターンが多いので、なかなかこちらまで足を運んでもらえません。

たとえば「ここでカフェをやっています」「こういうものを売っています」と言うだけで、カフェや売り物を目当てに外から来てもらうのは難しいなと感じます。なので、綺麗な風景だったり、「三陸駅周辺ってこういう場所だよ」とか、もう少し視野を広げていろんな角度からSNSで発信するなど、エリアとしての魅力を知ってもらうために工夫する必要性を感じています

ーー『ニューオキライ』をこれからどんな場所にしていきたいですか? 倉持さんの夢や野望などがあれば教えてください。
いろいろな人の関わりのある場所にしたいです。たとえば、七夕飾りだったら、イベントのときにいろんな人がお願い事を書いてくれたり、カフェの常連さんが小さな飾りを作ってくれたりしました。駅のホームの大きな飾りも、地域の子どもたちが紙でお花を作ってくれて、台紙を近所のおじさんが貼ってくれて、とみんなで作りました。

パッと見たらただの飾りかもしれないけど、そこにはいろんな人が手伝ってくれたというストーリーがあります。そういうストーリーがたくさん詰まっているような場所にしたいなと思っています。

また、商品のラインナップも増やしていきたいです。ただ良いと思った商品を売るだけじゃなくて、お茶がどういうふうに作られているのか、実際に作っているところに足を運んで、作っている人と会話をする。
そうすることで、カフェに来たお客さんにも話せることが増えると思います。色々な方と接点を持って、どのような気持ちでつくっているかなども把握しながら、その商品を販売することも大事にしていきたいです。

三陸鉄道で通勤する「特別な日常」と実家のような雰囲気のお食事処

ーーご出身の埼玉県の暮らしと比べて、大船渡市での暮らしで一番好きなところを教えてください。
埼玉にいた大学生のときは、東北に来ること自体が自分の中で特別なことでした。旅行のような感覚で、「やっと大学の授業から抜け出せた」みたいな。

三陸鉄道も、他の地域の人からしたら写真を撮りたくなるような観光列車というイメージが多分あると思います。今、それに毎日乗って通勤している、というのもまだ少し特別な感じがします。ここに来て3、4ヶ月経ちますけど、まだ毎回新鮮です。旅の途中のような感覚で暮らせているところが好きなところですね。

ーー素敵ですね! お休みの日はどのように過ごすことが多いですか? 倉持さんのお気に入りの場所はありますか?
基本的に休みの日に一日中家にいるということはないです。仕事中に常連さんに教えてもらった場所を日々メモしていて、時間を見つけて「あそこに行ってみようかな」と出かけています

お気に入りの場所は、越喜来おきらいにある「しゅっこねぇ」というご飯屋さんです。お母さんがすごく優しくて、いろいろしてくれる方なんです。ご飯ももちろん美味しいし、いろいろお話ができるので、実家のような雰囲気があります。わざわざ休みの日に越喜来に行ってご飯を食べたりもします。

ーーそれはいいですね! 倉持さんご自身の経験から、「こんな人なら大船渡を楽しめる」という人の特徴を教えてください。
「ここには何もない」と楽しむのをやめてしまう人ではなく、「何もないところはない」と思える人ですかね。自然が好きで、観光地として有名じゃない場所でも楽しめる人です。
たとえば、いつも働いている場所の近くの坂道を初めて歩いたとき、坂だから職場と町並みや海が見えたんですけど、いつもいる場所を上から見下ろす風景がすごく良くて。10分くらい立ち止まって眺めていました。そのように観光地じゃなくても、自分で楽しみを見つけられる人なら楽しめると思います。

将来は交流のできるゲストハウス開業を構想中

ーー地域おこし協力隊の任期が終わった後のことは、今どのように考えていますか?
はっきりとは考えていませんが、地元の埼玉に戻りたいとはあまり思っていません。この辺の地域、大船渡市かその近隣で生活していきたいなと、ぼんやり考えています。

任期が終わってすぐは難しいと思いますが、将来的にはゲストハウスのような、地元の人や観光客、ハイカーなど、いろんな人が行き交って混ざり合うような場所を作れたらと思っています。

ーーでは最後に、この記事を読んでいる同世代の若者へメッセージをお願いできますか。
若者は働くことを考えると首都圏を考えがちですが、そんなに人がいっぱいいるところで暮らさなくても仕事はあるし、地方で何かやりたいなと思ったら、移住してみるのもありだと思います
大船渡市から地元に帰ろうと思ったら7時間ぐらいかかりますが、でも、7時間かければ家族や友達に会える。やりたいことがあるんだったら今いる場所から遠いところだとしても、一度チャレンジしてみれば良いと思います。

☆ ☆ ☆

活動場所である『ニューオキライ』で、終始落ち着いた雰囲気でお話をされた倉持さん。

聞けば、前日は地域の人とのバーベキューがあり、終電を逃して近くのお家に泊めてもらったようです。

その様子から、ずいぶん地域に溶け込んでいる様子が伺えました。大船渡市を楽しんでいますね。

地域おこし協力隊一年目の彼女のこれからの活動に期待しています。みなさんで見守っていけたら幸いです。

〈取材・文=ひろゆき(@himon_da)/編集=うぉーかー(@kiima_0617)〉

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